最高速度330km/h、650psのスカイラインGTRに乗り、湾岸最高速ランナーであった運営者が現役時代を回想する。

2018年6月

スープラRZ-S(JZA80)~走り屋の原点

昔から車が好きだった俺は、学生時代からバイトで貯めたお金で買った格安のS13シルビアに乗っていた。

大学を卒業して某自動車業界に就職すると、すぐにJZA80スープラRZ-Sを購入。

ここから本格的な走り屋となり、給料の大部分を車につぎ込むことになった。

写真:運営者のJZA80スープラRZ-S
80スープラ

80スープラを購入し、最初に興味を持ったのはゼロヨンだった。

自宅から車で1時間半ほどのところにストリートゼロヨンスポットがあると知り、行ってみることにした。

悪魔のZは存在した!

そのゼロヨンスポットで目にしたのは、衝撃の光景だった。

S30Z‥。

湾岸ミッドナイトでは朝倉アキオが駆る悪魔のZとして登場するが、所詮マンガの世界であり、現代にはほとんど存在することのない幻の名車であるとの認識であった。

S30Z
s30Z

ところが、そのゼロヨンスポットには数台のS30Zが、ラインロックを装着し、激しいバーンナウトを繰り返した後にゼロヨンを行っていたのだ。

ラインロックとは?

ゼロヨンにおけるスタート時のトラクションを高めるためには、走行前にタイヤを温めておく必要がある。

通常の車では4輪全てにブレーキがかかるが、これをフロントのみにブレーキをかかるように改造し、フロントのみにブレーキをかけた状態で後輪を空転させる(バーンナウトさせる)ことによりタイヤを温める。

このフロントのみにブレーキをかける装置をラインロックという。

スポーツカーでもラインロックを装着している車は極めて稀であり、これを装着している車は本物の走り屋に間違いない。

しかも、それらのS30Zはどれもかなり改造されており、驚くほど速い。


エンジンが乗せ換えられていることは確実だ。

湾岸ミッドナイトにおける舞台は首都高速であり、こちらはゼロヨンであるから走る場面は異なる。

しかし、そこで見たS30Zは、まさに「ゼロヨン版 悪魔のZ」というべき存在だった。

ゼロヨンにはまる!

それからというもの、毎週末の深夜になると必ずそのゼロヨンスポットに通った。

工業団地の中にある片側2車線の道路を使い、2台ずつスタートするという方式で、S30Zだけでなく、GTRやスープラなど常時10台以上のマシンが繰り返しゼロヨンを行っていた。

いずれもタービン交換を行っているターボ車ばかりで、マシンのレベルはかなり高い。

俺のスープラはブーストアップ仕様で400psはあったが、タービン交換車両にはかなわなかった。

ゼロヨンは、ほぼマシンのパワーのみで勝負か決まってしまい、運転者のテクニックでカバーできる余地は少ないのだ。

しばらく通ったものの、次第に走る場所を首都高や湾岸線に求めるようになった。

そこなら俺のスープラでも勝負の余地があったのだ。

ちなみに、このゼロヨン会場はネットで検索してもほとんどヒットせず、知る人ぞ知るという場所であった。

最後に行ったのは2005年であり、今はどうなっているかはわからない。

首都高C1での走り屋時代

首都高の走り屋の車は、車種・仕様とも様々であり、ゼロヨンと違ってブーストアップのスープラでも十分に勝負の余地があった。

ランサーエボリューションやRX-7のような中排気量のターボ車やNA車も多く、また、その中には速い連中も存在した。

逆に、湾岸ミッドナイトでは主役となるフェアレディZや、ランエボのライバルであるインプレッサはあまり見かけなかった。

最初のうちは、コースを覚える必要があり、徐々に本格的に走るようになっていった。

かなりの速度で走るため、道路の先を読んでラインどりをすることが要求され、オービスの位置も正確に把握しておかなくてはならないのだ。

首都高速環状線
首都高速

R32GTRとの出会い

毎週通っていると、いつも出没する車両やその走りのレベルがわかってくる。

速い車、遅い車と様々だが、車両のレベルが近い場合は、バトルになると接近戦になることが多く、必然的に双方の記憶に残ることになる。

やがて顔なじみとなり、どちらからともなく話しかけることもあった。

あるとき、赤のR32GTRに乗る人物に話かけられたことがある。

彼も毎週のように首都高に通っていたので、その存在は以前から知っていたが、割と短時間で見なくなってしまうことが多かった。

そのことを聞いてみると、彼は少し特殊なコースを走っていた。

辰巳第2パーキングを出発し、首都高C1を何周か回ってからレインボーブリッジのある11号線にぬけて有明ジャンクション経由で湾岸線に合流し、大黒PAに到達するというものだ。

つまり、環状線を走ってから湾岸最高速を行うというものだった。

当時、湾岸最高速を行う者は、市川PAから出発して西行きに向かい、大黒PAに到達するというのが一般的なコースであったが、ほぼ中間地点である有明ジャンクションから湾岸線に合流して最高速を行うというのは、首都高も走れて最高速も楽しめるという一石二鳥のコースであった。

彼のGTRは、その加速力からしてノーマルではないことは明らかであったが、聞いてみるとタービンはGT2530で550psほどでているという。

あるとき、助手席に乗せてもらったら、すぐにその加速感に虜になった。

GTタービン+RB26エンジンの組み合わせは、カムを変えていることもあるが低回転から鋭くブーストが立ち上がり、俺の80スープラとは異なる感覚であった。

そして、何よりも湾岸最高速の魅力を知ることになった。

辰巳第2PAの思い出
当時、辰巳第2PAは芝浦PAと並んで首都高走り屋の休息所になっていた。

この辰巳第2PAは9号深川線下りに面しているため、首都高ランナーの走りを目の前で見ることが出来た。

200km/h以上の走りを目の前で見るのは迫力満点であり、数多くのギャラリーでにぎわっていた。

俺も速い車両を見極めるためによく観察したものだ。

おまけに、PAのすぐ横に待避所があったため、覆面パトカーとそれにつかまった車両がしばしばそこに停止することがあった。

こうなると違反者はギャラリーから丸見えであり、走りだけではなく覆面につかまったところまでギャラリーに見物されてしまうのだ。

200km/h以上の速度で走ることが当たり前の区間なので、ほぼ全員が一発免停確実であり、前歴によっては免許取り消しになった者もいるだろう。

平成14年くらいにギャラリー対策で目隠しの柵が設置され、走りは見れなくなってしまったのが残念だ。

辰巳第2PA
辰巳第2PA

当時、画像左端の白い柵はなく、9号下り線を走る車両を目の前で見ることが出来た。

この辰巳第2PAは、週末の深夜になると停める場所もないほどのチューニングカーであふれ返り、何とも言えないアンダーグラウンドな空間だった。

この雰囲気が大好きだった‥。

R33GT-Rを購入し、湾岸最高速仕様へチューニング

しばらくの間、R32GTRの彼と一緒に走ることが多くなった。

しかし、彼のマシンは名機RB26にタービン交換まで行ったチューニングカーである。

俺のノーマルタービンのスープラではついていくことが出来ず、特に、湾岸線に入ってからは大きく離されることが多かった。

GTRに搭載されたRB26DETTは、実にすごいエンジンであった。

6連スロットルバルブ、ダイレクトイグニッションシステム、金属ナトリウム封入バルブ‥。

当時の市販車としてはおおよそ考えられない技術を採用していた。

大排気量ターボでありながらもレッドゾーンは8000回転からというショートストローク高回転型のエンジンであり、高回転域での吹け上がりは無敵である。

スープラの2JZ-GTEエンジンも最高出力や耐久性の面ではかなりのものだったが、鋭いレスポンスや低回転域からレッドゾーンまで一気に吹け上がる独特の感覚は、GTRのRB26DETTエンジンでしか味わうことが出来ないものだった。

GTRを手に入れたい‥。

次第にその思いが強くなっていった。

その思いを抑えることはできず、R33GTR購入を決断。

ほぼノーマルの極上車を中古で購入し、即座にチューニングも行った。

チューニングショップはガレージザウルス。

ここはゼロヨンで有名なショップであるが、知人の紹介で湾岸最高速に仕上げてもらうことにした。

チューニングを行うにあたり、タービンの選択に悩んだ。

この選択でマシンの特性は大きく変わるからだ。

タービン交換の基礎知識

ターボ車がターボ車たる由縁は、タービンを装着しているからであるが、一般的にこのタービンを交換するには他の様々なパーツも交換しなくてはならないため多額の費用が必要となる。

それと引き換えにかなりのハイパワーも得られるが、車両にかかる負担が大きく、故障のリスクも高まるハイリスク・ハイリターン・ハイコストのチューニングである。

よって、スポーツカーにおけるターボ車の中でも、タービン交換まで行っている車両は1%程度しか存在しない(GTRに限定すればこれよりも多い)。

ノーマルのGTRはツインターボ(タービンが2つ)であるが、ツインターボの場合のタービン交換には主に2つのパターンが存在する。

1つはポン付けタービンと呼ばれるもので、ノーマルのエキゾーストマニホールドやアクチュエータを流用し、タービンを単体で交換するものである(インジェクション・エアフロ等の補機類は別途大幅に更新する必要がある)。
以下に述べるシングルタービンと比較し、相対的に少ない改造で装着できる(それでもタービン交換であるにはかわらず、パワーもリスクもあるし、費用も100万単位となる)。

もう一方のシングルタービンとは、2つのタービンを撤去して1つの大きなタービンに交換するものである。
シングルタービンを装着するためにはエキゾーストマニホールド等の大型パーツも同時に交換しなければならないため、大掛かりな改造と数百万の費用が必要となる。

タービン交換を行う者自体がかなりの少数派であるが、その中においてもシングルタービンにまでする事例はさらに少なく、かなりのハードチューニングと言える。

湾岸で300km/hオーバーを目指すなら、600~700psは欲しい。

となると、タービンの選択肢はT78-33DかTo4Rあたりとなり、最終的にはT78-33D(シングルタービン)を選択した。

また、このパワーを制御するコンピューター選びも迷った。

Vプロでフルコンのエアフロレス仕様にするか、エアフロ装着のロムチューンでいくか‥。

ただ、エアフロレスにすると、山など気圧の低いところに行ったときに、燃調がくるってまともに走れなくなるという話を聞いていたので、こちらは、エアフロ装着のロムチューンにした。

このように、マシンの仕様を考えるのはなかなか楽しい時間であった。

そして、数百万円の費用をかけ、T78-33Dタービンを装着した最高出力650psの湾岸最高速マシンとなって戻ってきたのである。

なお、実測650psを自動車メーカーのカタログ値に換算したら、800ps程度になるだろう(カタログ値で800psはないと実測で650psは計測されない)。

運営者のスカイラインGT-R

BCNR33スカイラインGTR

【最高出力】
650ps(Maxブースト1.5k)
【最高速度】
330km/h

【改造内容】

  • トラスト T78-33D タービン
  • レーシングウエストゲート
  • ザウルスオリジナルCPU(湾岸最高速仕様スペシャルセッティング
  • ビルシュタイン車高調
  • SUSエキマニ
  • メタルヘッドガスケット
  • ニスモポンプ
  • Z32エアフロ×2
  • アルコン6POTフロントキャリパー
  • ザウルスオリジナルマフラー
  • ザウルスオリジナルフロントバンパー
  • 触媒ストレート
  • トラスト3層前置きインタークーラー
  • トラストオイルクーラー
  • トラスト8番プラグ
  • ブーストコントローラー HKS EVC
  • 720CCインジェクション
  • OS技研トリプルプレートクラッチ
  • HKSターボタイマー
  • MOMOステアリング
  • トラストエアインクス
  • BBS/LMアルミホイール
  • キャニスタータンク移動
  • アールズフューエルストレーナ
  • アールズレギュレータ
  • フューエルデリバリ改
  • ヴェイルサイドシフトノブ
  • APPブレーキライン
  • 3速クロスミッション
  • トラスト追加メーター(排気温計、油温計、ブースト計)

その他多数

650psのチューニングカーは乗り手を選ぶ

戻ってきたR33GTRは、ノーマルとは中身が全く別物のモンスターマシンであった。

650psの出力を受け止めるために装着されたトリプルプレートクラッチは半クラッチがほとんどないために、発進時にすぐにエンストしてしまう。

坂道発進は至難の業であり、車の通らない近所の坂道で練習を繰り返した。

エンストしなくなったのは、約2000kmも走行してからである。

次に、ブーストのかかり方である。

ビッグシングルの特性は事前に聞いていたが、思った以上に下がスカスカで、4000回転以下ではほとんどブーストがかからない。

この領域ではノーマルのシルビアの方が速いだろう。

しかし、4000回転でブーストがかかり始めてからは手を付けるのが困難なほどのパワーと、じゃじゃ馬のような加速であり、まさにジキルとハイドのような2面性を持つようになった。

乗り手を選ぶという意味では、上記のような運転技術だけではなく、金銭的な意味においても当てはまる。

とにかく金のかかる車だった。

650psともなれば、普通の車とは維持費がまるで違う。

まず、燃費。

街乗りでは省エネ走行を心がけても、せいぜい4km/lしか走らない。

当時、ハイオク満タンで8000円程度であったが、航続距離はたったの200km程度であった。

また、タービン交換車両となればオイル管理もシビアに行わなければならない。

1回で1万円かかる最高級オイル「オメガ」を5000kmごとに交換していた。

タイヤも太いものだったので4本変えたら10万円もかかる。

車検時には、車検にとおるようにパーツを戻さなくてはならず、普通の車にはかからない費用が発生する。

そして、車検が終わったら、再び元のパーツを取り付けるのだ。

このように、何をするにも金のかかる車であり、金をまき散らしながら走っているようなものだった。

しかし、それを補って余りある魅力を備えていたのもまた事実である。

君は時速300km/hの世界を見たか?

ザウルスで湾岸最高速仕様にスペシャルチューニングされた俺のマシンは、シャシダイで計測したところ実測値で650psを記録した(もちろんシャシダイ係数なし)。

このパワーがあればトップギヤでレッドゾーンの8000回転を回し切ることが可能であり、最高速度は300km/hを超えることが確実だ。



時速300km/hの世界‥。

この領域ではわずか1秒で100m近くも進む。

前方に一般車両を発見してもあっという間に追いついてしまうから、
メーターに視線を送ることすらほとんど許されない過酷な世界だ。

時速300km/hの世界がどれほどの速度領域であるかは後述する動画でわかるだろう。

湾岸ミッドナイトの世界は実在する

一般道における十分な練習とマシンの慣らし運転を終え、いよいよ湾岸線に出陣するときが来た。

400psのスープラに乗っていたのである程度のパワーには免疫があったが、650psは別次元であった。

200km/hから加速しても、背中がシートに押し付けられる加速をするのだ。

400psくらいまでの車両の加速は、車のタイヤが地面を強く蹴って前へ押し出す感じの加速だが、600ps以上になると車が前から引っ張られるように加速をするため車体の重量が異常に軽いような錯覚を起こす。

まるで自転車のように‥。

この感覚は体験したものでなくてはわからないだろう。

土曜深夜27時のバトル

通常、首都高速湾岸線は昼夜を問わず車両が走行している。

深夜早朝であってもトラックが絶えることはない。

しかし、1週間で唯一、湾岸線がオールクリアになる瞬間がある。

土曜深夜27時。ここから1時間のみが湾岸最高速ランナーに与えられた時間である。

ポルシェターボ、JZA80スープラ、RX-7、スカイラインGTR‥。

巨大なタービンを身にまとったモンスターマシン達が、深夜の湾岸線に繰り出す。

視界はオールクリア。

ブーストコントローラーをハイブーストモードにして一気に速度を上げる。

マシンはウエストゲート大気開放の独特のサウンドを湾岸線に放ちながら、弾丸のような速度で駆け抜ける。

川崎トンネルに入ってからは、いよいよクライマックスを迎える。

ここから目的地の大黒PAまでは7~8kmにも及ぶ長い直線が続くのだ(ちなみに、平均時速300km/hであれば、この区間を走行するための所用時間はわずか90秒である)。

この直線の終盤に待ち構えるつばさ橋付近は最も速度がでる区間であり、最高速度は330km/hに到達する

このつばさ橋付近では数多くの勝負が繰り広げられた。

つばさ橋
つばさ橋

GTRマガジンに掲載される

あるとき、GTRマガジン主催のR33GTRだけが集まるイベントに参加したことがある。

実は、その前にR32GTRとR34GTRの同様のイベントあっていずれも定員の100台に達していたのだが、R33GTRは100台に達しそうにないので参加してくれないかと知り合いの関係者に頼まれたのである。

74台集まったR33GTRの中で、俺のGTRが最もハードなチューニング(参加車両唯一のシングルタービン仕様を行っており、湾岸最高速仕様ということで注目を集めることになった。

車両の周りには見物の人だかりができ、GTRマガジンに掲載された。

GTRマガジンに掲載された運営者の車両。中央の写真には、実測650psをひねり出す巨大なT78-33Dシングルタービンが鎮座している。

GTRマガジン

文末に「ストリートでその性能をフルに引き出します!」と書いてあるが、「330km/hで湾岸最高速やっています!」と書かれた本を出版するわけにはいかないのでこのような表現になっている。当サイト上ではナンバーを一部伏せたが、実際の本ではモザイクが一切かかっていないのだ(田〇、ナンバーくらい伏せてくれよ)。
イべントに集まったGTR所有者に対して行われた、車両の改造に関するアンケートの結果。下記の赤枠に運営者のことが述べられている。

GTRマガジン

       ⇩ 拡大

GTRマガジン拡大

※この中でシングルタービンはT78-33Dのみだ。

最高速度は条件によって大きく異なる

最高速をやっているとわかることだが、走る条件により最高速度は大きく異なる。

最高速度が変わる要因は以下のとおりだ。

 

  1. 季節
  2. 冬季と夏季では最高速度は10km/h前後異なる。

    冬季は気温が低いために酸素濃度が高く、最高速度が伸びる。

  3. 乗車人員(重量)
  4. 1人乗りと複数人の乗車でも速度は異なる。

    4名乗車だと200kg近く重量が増すため、10km/hくらい遅くなった。

  5. この影響は大きかった。

    風の強さにもよるが、向かい風だと10~20km/h程度遅くなる。

    逆に追い風は速度が伸びる。

俺のGTRの最高速度は330km/hとしているが、これは、冬季・1人乗り・無風の条件である。

夏季、複数人乗車、向かい風であれば、300km/hに到達しないこともある。

逆に、冬季、1人乗り、強い追い風であれば350km/h近くまで伸びることもあった。

この様に、走る条件によって最大50km/hくらいの速度差が生じるのだ。

湾岸を走っているチューニングカーはどんな車種か?

湾岸最高速ランナーの数は首都高C1ランナーに比べかなり少ない。

また、車種についても首都高C1は多種多様であったが、湾岸最高速は限られた数種類のマシンのみであった。

首都高C1ではNA車も存在するが、湾岸においてNAでは話にならない。

最高速アタックするためには最低でも500psは必要であり、この領域になるとブーストアップでは到達できず、タービン交換は必須となる。

俺の現役時代、国産のエンジンで湾岸最高速に耐えうる耐久性とパワーを持つのはRB26と2JZ-GTEくらいしかなく、そうなると、マシンの車種は限られてしまうのだ。

車種をあげれば最も多かったのはスープラとGTR。

スープラは80ばかりで70はほとんど見かけることがなかった。

70の1JZ-GTEエンジンで最高速は厳しい。

一方、GTRのほうはR32GTRからR34GTRまで満遍なく見られた。

こちらはどれも同じRB26エンジンを積んでおり、基本的なポテンシャルに大差はないのだ。

ブラックバードのポルシェターボは存在した!

湾岸ミッドナイトには、朝倉アキオ駆るS30Zのライバルとして、島達也駆るポルシェターボが描かれていた。

漫画のモデルになったかどうかは不明だが、島達也に該当するようなすごいポルシェターボは実在した。

首都高C1時代から噂には聞いており、湾岸ではかなり有名な方であった。

マシンもテクニックも超一流であり、まさに伝説の走り屋と言うにふさわしい存在であった。

ライバルは80スープラ

毎週のように湾岸に通っていると、いつも走りに来ている顔ぶれは大体覚える。

俺はほぼ毎週通ったが、よく見かける車両としてシルバーの80スープラがいた。

ウエストゲートの大気開放音や最高速度からして、タービン交換車両であることは間違いない。

80スープラは空力がよく、長い直線では強い。

湾岸では、羽田辺りまでなら俺のGTRが前を走る場面が多いが、つばさ橋の長いストレートでじわりと追い上げられてしまう。

300km/hの世界では、ドアミラーをたたむだけで最高速度が5~10km/h違ってくる。

それほど空力にはシビアな世界だ。

外車が煽ってくることがある

湾岸線を走っていると、時折、外車が絡んでくることがあった。

俺のGTRの外観は、ほぼノーマルであるから、カタログスペック400ps程度のBMW・Mスポーツあたりが挑発して煽ってくるのだ。

カタログ値での400psは、シャシダイで実測すれば330~340ps程度だろう。

俺のGTRとは2倍もの開きがあり、5秒もあれば勝負はつく。

200km/hあたりから一瞬で加速して、バックミラーのはるか後方へ置き去りにするのだ。

ランボルギーニディアブロもぶち抜く

ランボルギーニ

当時、週末の深夜になると様々な車が大黒PAにおいてオフ会を行っていた。

ランボルギーニやフェラーリなどの高級外車も多く、湾岸線を走っているとそれらの車に遭遇することがあった。

俺としてはそんな奴らを相手にするつもりはないが、そいつらを抜かすと大抵の場合は追いかけてこようとする。

彼らにとって国産車に抜かされることはプライドが許さないのだろう。

あるとき、湾岸線を200km/hくらいで流している最中、たまたま前を走っていたランボルギーニディアブロを抜かしたことがある。

すると、その車両は一気に速度を上げ俺を追い抜いて行った。

明らかに俺のことを意識して速度を上げたので、俺も追いかけてぶち抜き返してやった

ランボルギーニディアブロのスペックはカタログ値で500ps程度であるから実測値はせいぜい400psだ。

俺のGTRとは実質的に250psもの違いがあり、まともな勝負にすらならない。

湾岸で出会った最も速い車

毎週湾岸を走っていると実に様々な車に遭遇するが、300km/hを超える速度には慣れており、少しぐらい速い車両と遭遇しても驚くことはない。

しかし、ある時、恐ろしく速い車両に遭遇し、度肝を抜かされたことがある。

その日は、いつものとおり湾岸線を西行きに流しており、川崎航路トンネルを抜け、最も速度ののる最後の直線を快調に走っているときのことだった。

後ろからハイビームで迫る車を発見した。

こちらもアクセルをベタ踏みに。

ところが、みるみるうちに距離が縮まる。

そして、あっという間に追いつかれ、そのまま俺を抜き去って行った。

少しくらいの差であればドアミラーをたたんで追いかけるが、追い付かないことは明白であったのでそのようにする気も起きなかった。

逆に、脱力してアクセルを緩めてしまったほどだ。

車種はJZA80スープラ。

速度差は40~50km/hはあっただろう。

俺のGTRは320km/h程度でていたからそのスープラは360~370km/hくらいだったのではないだろうか

あり得ない速さだった。

そこまでの速度領域に達するには、ピストン・コンロッドなどエンジン本体全てに手が加わっていることはもちろん、ファイナルも変更した上でエンジンを回し切らなければ到達できない速度領域だ。

あるいは、超高回転仕様にチューニングされていたのかもしれない(2JZでは考えにくいが)。

あの速度領域でここまで気持ちよくぶち抜かれたことは後にも先にもこの1回きりだ。

あれ以上速い車は後にも先にも現れることはなく、その車両に遭遇したのもそれ1回きりだった。

あれは一体何者で、どんな車両であったのだろうか。

湾岸最高速での事故 ~仲間の死~

湾岸最高速ランナーにとって、事故は表裏一体の存在である。

300km/hでの事故は、即、死につながり、本当の意味で命を懸けて走っていると言ってよい。

長年走っていると死に遭遇することも避けられず、身近な人間の死を目の当たりにすることもある。




彼の車両はT88-34Dを装着して700psを誇るチューニングカーであった。

アラゴスタ車高調、ブレーキに6ポットキャリパーを奢るなど足回りに金をかけた本物の走り屋だ。

強力なブレーキを武器に、急コーナーにおいても直線までアクセルを緩めないアグレッシブな走りが印象に残る。

あるとき、湾岸で事故が発生したという連絡があり、事故現場まで出向いてみた。

その車両は原型をとどめないほどに大破しており、確認するまでもなく生存していることはないだろうという状態である。

彼の車両に間違いはなかった。

一般車両を巻き込まない単独事故であったことがせめてもの救いだったが、湾岸の危険性を改めて確認させられた出来事である。

彼がどのような状況で事故に至ったのかは不明だが、湾岸最高速での事故原因は主に3つある。

1.一般車両との速度差

事故原因で最も多いのはこれだった。

まず、300km/hがどれだけの世界か、以下の動画を見ていただきたい。

再生時間12秒のところで、一般車両を抜き去る場面を認識できるだろうか?

認識することも難しいほどの一瞬である。

この車両が自車線に車線変更して来る恐怖を想像して欲しい。



一般車両が追い越し車線に車線変更してきた場合、我々の車両との速度差は約200km/hもある。

6ポットキャリパー装備していても避けることは難しく、ましてやノーマルブレーキなどは論外である。

2.タイヤに刺さった異物によるバースト

普通に道路を走っているだけでタイヤにくぎなどの異物が刺さることがある。

この釘などが刺さったまま200~300km/hのような高速走行をすると、走行中にタイヤがバーストしてしまうのだ。

よって、湾岸最高速アタックを行う前に、タイヤの点検は必須であった。

3.路面のウネリ

普通に走っていると全く感じることはないが、湾岸線には上下にゆるやかなうねりがある(走り屋の間ではギャップと呼ばれていた)。

250km/h以上で走っていると、このウネリがジャンプ台のような役割を果たし、4輪が完全に地面から離れてしまうのだ。

俺も初めて湾岸線を走ったときはこのギャップを知らずにいたので、車両が勢いよくジャンプして自身の体も車内で宙に浮き、頭を強く天井にぶつけてしまった。

このギャップは非常に危険であり、バトルに夢中になり車線変更しながらギャップに乗ってしまうと着地時にバランスを崩し事故になるのだ。

よって、湾岸最高速を行う者は、まず最初にこのギャップの位置を覚えなくてはならない。

ちなみに、自称「湾岸最高速ランナー」に出会うことがあるが、これを見分けるのは簡単である。

「湾岸でギャップはどこにあるか?」と尋ねるだけである。

200km/h以下までしか踏み込めないないような奴にはギャップを認識することが出来ず、湾岸線はただの平坦な道路にすぎない。

250km/h以上の速度領域になって初めてその存在や危険性が認識されるのであるから、この速度領域に到達することのない「自称湾岸最高速ランナー」にはこの意味が理解できないのだ。

本物の走り屋の見分け方

当時、ちまたには、”丘サーファー”ならぬ”丘走り屋”のような車が多く存在していた。

エアロパーツを装着し、見かけは走り屋っぽい車でも、中身はほぼノーマルというものである。

こういう連中はPAなどに集まっているだけで走ることはない。

時には俺に「この車、何馬力でてるんですか?」「写真撮っていいですか?」などと話しかけてきて雑誌やネットで蓄えたチューニングカーのウンチクを冗長に語ってくることがあったが、まさに「語り屋」というべき存在であった。

本気で走る車両を見極めるには2つの着眼点がある。

見た目で見分ける方法

見た目での見分け方にも2つの方法がある。

1つはフロントバンパーに刻まれた飛び石の跡だ。

テールトゥノーズのバトルを繰り返す本気走りの連中は、前車が蹴り上げた小石によってフロントバンパーが傷だらけになっている。

首都高C1をメインで走る車は特にその傾向が顕著だ。

もう一つはブレーキだ。

本気で走る連中はブレーキに金をかける。

ロッキード、アルコン、ブレンボなど、フロントだけで50万円はくだらない。

そんな社外ブレーキを装備している車は間違いなく本物の走り屋だ。

中でもキャリパーが変色している車は特に激しい走りをしている証と言える。

高速域で激しいブレーキングを繰り返すと、ローターやキャリパーの温度が数百℃にも達するのでキャリパーは変色してしまうのだ。

ちなみに、本物の走り屋は、外装はあまり変更せず、ノーマルに近い場合が多い。

俺のGTRも、前置きインタークーラーに対しより多くの風を当てる必要があるという実用上の理由から、フロントバンパーを開口部の大きいものに変更しただけである。

タービン交換をした車両はブースト圧の設定も高く、タービンで圧縮した空気が高温になるため、前置きインタークーラーにたくさんの風をあてて、圧縮した空気の温度を下げる必要があるのだ。

音で見分ける

車両のチューニングレベルについては音でもわかる。

着眼点は3つ。

1つは、アイドリング時の音だ。

タービンを交換している車は、大抵の場合はハイカムを組んでいる。

作用角の大きいハイカムを組むとアイドリングの音が「ブルン、ブルン」とばらつくのだ。

2つ目は、加速時におけるウエストゲートの排気音

大型タービンに交換した車両にはウエストゲートが装着されているが、設定されたブースト圧を制御するため、タービンで圧縮された空気をこのウエストゲートにより排出する。

このウエストゲートの排気を大気開放にしているチューニングカーは、加速時に「ゲーッ」という大きな音を放つのだ。

この音は大きなタービンを装着している証だから、車両のパワーはかなりあるものと考えて間違いはない(ただし、ウエストゲートの排気をサクションパイプに戻している車両もあり、その場合、この音はしない)。

3つ目は、多板クラッチの「シャラシャラ音」。

タービン交換した車両は例外なくクラッチをツインやトリプルの多板式に変更している(ブーストアップ程度では多板クラッチにするマシンは少ないだろう)。

すると、クラッチを切ったときに特有の「シャラシャラ」という音がする(特にダンパーなし)。

俺のGTRはOS技研のクラッチであったので音量は小さかったが、オグラ製の多板クラッチは音が大きくてカッコよかった。

このシャラシャラ音は多板クラッチを装着している証であり、ハイパワーな車両と考えて間違いない。

チューニングカーの場合、このように音からもパワーを判断できるのであり、PAにいるときはこの音を聞き分けてライバルとなりうる車両を見つけていた。

スモーキー永田氏について

トップシークレットのスモーキー永田と言えば、湾岸最高速を語る上では欠かすことが出来ないが、彼は時折、某PAに出没していた。

トップチューナーでありながらも、現役で走り続けているのだ。

外装が派手なので、トップシークレットがチューニングした車はとてもよく目立つ。

彼以外にも、湾岸ではトップシークレットでチューニングした車両をよく見かけたものだ。

ちなみに、本当に走るのが好きなのだろう、永田氏は冒頭で紹介した某セロヨン会場にも出没していた。

チューニングカー雑誌からの取材依頼

チューニングカーの雑誌がいくつか存在するが、その中で湾岸最高速ランナーの特集が組まれることがしばしばある。

湾岸最高速は読者の興味を引く記事なのだろう。

雑誌社の記者が大黒PAあたりをうろついており、めぼしい車両に声をかけるのだ。

俺も何度か声をかけられたことがある。

しかし、すべて断るようにしていた。

理由はいくつかあるが、走っている速度を考えると、最高速ランナーであることを公言して目立つことをすると、その後様々なデメリットが生じてしまう可能性を考慮した(GTRマガジンについてはその点を伏せるという条件で取材を受けている)。

なお、某チューニングカー雑誌には、湾岸最高速ランナーということではなく純粋なチューニングカーとしての取材を何度か受けている。

禁断のチューニング

当初は650psのパワーに満足していたが、慣れてくるとさらなるパワーが欲しくなった。

T78-33Dタービンは700psまで対応できる風量だが、俺のマシンは650psであり、タービンの容量的にはあと50psは上乗せが可能だった。

しかし、650psに抑えざるを得ない理由があった。

俺のGTRのエンジン本体はヘッドガスケット以外はノーマルであり、この状態ではエンジンが700psに耐えられないからだ。

RB26エンジン本体がノーマルで耐えられるのは600~650psまでというのが通説であり、そのため、ブーストを1.5kまでに抑えて650psとしたセッティングとなっていた(この点、80スープラの2JZエンジンは800psまでノーマルで耐えられるというのだから驚異的だ)。

これ以上のパワーにするためには、ピストン、コンロッド等のエンジン内部の大物パーツを交換しなくてはならないが、これにはかなりの出費となる。

俺はチューナーに相談した。

「このままの状態でブーストを上げて700psにすることはできないか?」

チューナーの返事は想像していた通り「耐久性の保証はできない」とのことだった。

インジェクションの容量も700psならギリギリ許容範囲内であり、クラッチもトリプルプレートだから耐えられるだろうが、エンジン本体が厳しいだろうという予想通りの見解だ。

しかし、自己責任ということで対応してくれることになった。

俺のブーストコントローラ-はHKSのEVCであり、これにはスクランブルモード機能が付いていて、ボタンを押した時だけブーストを上げることが出来た。

このスクランブルモードのブースト設定を1.7kにするのだ。




こうして禁断の700psを手に入れることが出来た。

しかし、これはリスクが高いことは俺もわかっていたので、ここ一番の大勝負の時以外には絶対に使わないと決めていた。

地方からの遠征組との勝負

大型連休になると、地方から走り屋が遠征してくることが多かった。

地元で走る者としては、地方組には負けられないという意識が強い。

地方組もまた、都会の連中には負けたくないという意識を持っている。

PAに停めているときから、お互いを強く意識しているのだ。

そして、互いにPAを出るタイミングを伺い、どちらかがスタートしたらもう一方も後を追う。

湾岸は俺のホームグラウンドであって、コースを熟知していることや湾岸最高速仕様として特別にチューニングされたCPU・足回りのセッティングから、地方組には負け知らずであり無敵を誇った。

「湾岸にはザウルスチューンの白のR33ですごい奴がいる」との噂が流れていることを人づてに聞いた。

最後のバトル ~湾岸で散る~ 

ある夏のことだった。

群馬ナンバーの3台のマシンが辰巳第二PAの隅に停まっていた。

3台とも全てTE37のホイールにSタイヤ。

この組み合わせだけで本物の走り屋であると判断するには十分だ。

マシンからは本気走りのオーラが出ており、俺は強く彼らを意識した。

彼らの目当てはC1か湾岸のどちらだろうか‥。

横目で様子を伺い、PAを出るタイミングに合わせて俺も即座に後を追う。

首都高C1は軽く流し、湾岸へ出た。

湾岸組だ!

3台のマシンは一気に速度を上げる。

かなり速い。

一瞬見失ったが、空港北トンネルで何とか視界にとらえた。

浮島を出たあとの長いストレートで一気に抜き去る作戦とした。

川崎航路トンネルを抜け、アクセル全開勝負に出る。

2台は早々に捕らえたが、最後の1台はかなりの速度だ。

一般車に行く手を遮られ、やや減速したため車両を見失いそうになり焦る。

つばさ橋はもう少しだ。

一気に追いつかねばという焦りが生じる。

こうなればあれを使うしかない。

このとき、初めて禁断のスクランブルモードスイッチに手を触れた。

アクセルを目いっぱい踏み込み、ブーストは1.7kに。

しかし、間もなく大量の白煙を吐いた。

やってしまった、痛恨のエンジンブローだ。




車両を路肩に停め途方に暮れる。

すると大量の白煙に気づいたのだろうか、しばらくしてバトルの相手となった人物が現れた。

5分ほどの短い時間でほとんど会話はなかったが、お互いの健闘を称えあい握手を交わして去って行った。

本気で走る者にしかわかり得ない特殊な感情がそこにあった。



青のR34GTR‥ 


俺の負けだ



お前は本当に速かった‥



生涯忘れることはないだろう‥

スカイラインgts-t タイプM(ECR33)~タービン交換車両でドリフトへ

エンジンブローしたGTRは手放し、1年ほどスポーツカーとは無縁の生活を送っていたが、我慢できなくなりタービン交換をしてある中古車のR33スカイライン-タイプMを購入。

湾岸最高速や首都高C1は卒業し、当初は通勤や街乗りの車として使用していた。

運営者のR33スカイラインタイプM

33スカイラインタイプM

改造内容

  • HKS GT2540タービン
  • ニスモポンプ
  • Z32エアフロ
  • HKS前置きインタークーラー
  • 柿本マフラー
  • マインズCPU
  • HKSツインプレートクラッチ
  • HKSハイカム
  • HKSブーストコントローラー
  • HKSターボタイマー
  • BOMEXフロントバンパー
  • WORK18インチアルミホイール
  • HKSスーパーパワーフロー
  • TEIN車高調

その他多数

ドリフトに目覚める

ECR33を購入し、最初はおとなしく乗っていたのだが、タービン交換車両でおとなしく乗るというのはかなり大きなストレスである。

ある日、家から40分程度のところにあるドリフトスポットに見物に行った。

ドリフトは湾岸最高速と異なり、目の前で見物できるし速度領域も低いので(最高速と比較して相対的に)安全に見えた。

試しにやってみると、意外に簡単にできる。

すぐにはまった。

ひそかに練習を重ね、いよいよいつも行っていたドリフトスポットデビュー。

実は、ここで失敗するとかなりカッコ悪い。

速度領域が低いのでギャラリーが目の前で見物しているのだが、たまに失敗してガードレールなどにぶつかる車両がいると、すべて目の前で目撃されてしまうからだ。

俺もそのような車両に対し「あー、やっちゃったね」などと内心では思っていたものだ。

幸いにも俺の場合はぶつけたりするような失敗は一度もなかった。

ドリフトのいいところは、「D1グランプリ」という正式な競技となっており、サーキットで見学できるところだ(それどころか予選に参加して勝ち抜けば自身も出場できる)。

何度か筑波サーキットにD1の見物に行ったが、のむけんのER34が吐く大量の白煙と進入角度におどろかされるばかりだった。

しかし、ドリフトをやるとタイヤのヘリがハンパではない。

俺のECR33は18インチで幅265mmもある。

このサイズのタイヤを毎月のように交換しているので、タイヤ代だけで月5万円だ。

カーセンサーに掲載される

下記の写真は、中古車雑誌カーセンサーの記者から巻頭特集に登場してもらえないかと頼まれて引き受けた際に撮影されたものである。

カーセンサーにはこの写真や購入の経緯が掲載された。

下記は雑誌に掲載された写真(ナンバープレートカバーには「Car senser」の文字)。
スカイライン

俺の走り屋人生

走り屋のステージは主に4つある。

  • ゼロヨン
  • 最高速
  • ドリフト
  • グリップ

俺はこの全てを経験したことになる。

このような走り屋はかなり珍しいだろう、チューニングカーとともに歩んだ人生と言ってよい。

普通のスポーツカーでは物足りず、タービン交換というドーピングをしなければ満足できなくなってしまった。

ところが、最近はターボのスポーツカーがほとんど発売されていないので、チューニングカーの素材にふさわしい車がない。

後付けでボルトオンターボにすることもできるが、エンジン等の設計が高出力に耐えうるものではないのでメカ的な限界値は低い。

思い起こせばスポーツカーの全盛期は1990年代であり、この頃のスポーツカーは実に魅力的であったと思う。

日産はZ32、R32・R33・R34スカイラインにそれぞれのGTR、S13・S14・S15シルビア‥。

トヨタは70・80の各スープラ、チェイサー・マークⅡ・クレスタの各種ツアラーV‥。

マツダのRX7(FD3S)に三菱のランサーエヴォリューション‥。

チューニングカーのベースふさわしい魅力的な車がひしめきあっていた。

あんな時代はもう来ないに違いない。

チューニングカー業界の闇

スポーツカーの衰退はチューニング業界にも大きな打撃を与えた。

2007年にはアペックス(当時の名称はアペクセラ)が倒産、翌2008年にもトラストが倒産している(会社は存続)。

特にトラストはHKSと並ぶチューニング業界の雄であったため、とても驚かされた。

チューニングカーは基本的にはターボ車がベースとなるが、2000年あたりからはターボのスポーツカーがほとんど発売されなくなったため、ターボチューンのパーツも売れなくなったものと思われる。

ただ、チューニングカーが衰退したのは、チューニングショップのモラルの低さも大いに関係があるだろう。

ハードチューンのスポーツカーに乗る仲間から入る情報はおおよそ信じ難いものだ。

  1. 金はどんぶり勘定
  2. 誰もが知る超有名ショップにチューニングを依頼した仲間の話。

    依頼したチューニングに対して費用は200万円と見積もられたが、内訳や明細は一切なし。

    しかも、数日後に電話がかかってきて、「やっぱり300万円かかる」と言われたそうだ。

    電話一本で100万円のアップである。

    そもそもきちんと計算して200万円ぴったりとか300万円ぴったりとかいうことはほとんどないわけで、この業界がいかにどんぶり勘定であるかよくわかるエピソードである。

  3. 客のパーツを盗む
  4. シングルタービンのBNR34に乗る仲間の話。

    某チューニングカーショップでオーバーホールを行ったが、その際にそのショップがエンジン内部の高額な限定パーツを盗んで標準品と交換していたのだ(後年、マシントラブルを他のショップで修理した際に発覚)。

    この店にはチューニングをするために車を預けても作業を放置され、1年や2年も車両が返ってこないという客も珍しくなかったようだ。

    チューニングの腕前は良いと各方面から聞いていたのだが‥。

  5. 外から見えないパーツは取り付けない
  6. クロスミッションや鍛造ピストンなどのパーツは外から見ることが出来ないため、客から金だけとってパーツを取り付けないという話は割とよく聞く。

  7. ショップオーナーが金と客の車を持って逃亡し、残された従業員が自殺
  8. 某ショップのオーナーはやばい筋から金を借りたままの状態で夜逃げした。

    夜逃げの直前に開催された東京オートサロンに出展しており、そこで客から集めた金や車も持ち逃げしていることから計画的な犯行と言ってよい。

    残された従業員は悲惨である(このショップはオーナー+従業員1名)。

    この従業員はチューニング系の雑誌に連載記事を持つなど名の知れた人物であったが、ショップの取締役にも名を連ねていたため責任を追及されることになってしまった。

    ヤ〇ザの取り立ては執拗であり、連日、ショップには怪しげな車が押し掛けていた。

    その結果、彼は耐えきれずにマンションから飛び降りて自ら命を絶ってしまう‥。

こんな話がごろごろと転がっているのがこの業界だ。

とにかく、チューニングカー業界で働く人は一般人とは人種が違うことが多い。

ショップの店員が客にタメ口を使い、客が店員に敬語を使うのが一般的だ。

チューニングカーに乗って時速300km/hで走るというのはアウトローだが、そのアウトローを相手にしたショップを経営しようというのはさらにアウトローであり、普通の人間と違う感覚を持った者が多いのだろう(もちろん全員がそうではない)。